ПЛЯСАТЬ( かく )

2009年9月 6日 (日)

決して負けない強い力を、僕はひとつだけ持つ

どうも。

ただいまセンチュリーハウスの連中に追われているので、礼もそこそこ、失礼します。

Mixi

気分転換ひさびさNO2!

・・・というわけですが、いい加減mixiの方の自画像も変えなきゃナ!と思ったのでちょっと考えてみました。

テーマ「自画像(額)を外そうとしてスッコろぶ」

・・・・ってまんまやん!

あんまり会話をしなかった高校の美術部先輩(最高学年。めっちゃすごい)と、かつて唯一真面目な話をしたとき伺ったアドバイス、

「どんな物を描くときでも、テーマをもたなくちゃダメだ」

を思い出してみました。

あとは、と、外に出ていきたいです。

右端にあるのは安全ピンでございます。たまに服にぶっさしてますが、体にくっついているかぎりあまり安全とは感じられません。

で自画像サイズは以下になりました。

うぉっと。とか祇園を入れてくらさい。

Mixi_4

スキニーパンツ(自称)は・・・・・描き忘れた!でも疲れたからいいや。いいです。

なんかヘンなワンピースみたいになってますが、気にしない。

それで今回は、某4コママンガやいろいろな人がやっているのを見てちょっとやってみようということで、クレヨン、色鉛筆の世界から出てみて、フォトショで色彩を乗っけてみましょうカネ!というところであります。

目が疲れる。あまりやるもんではないですね。目が悪くなるから。

でこんなどぎつい感じに。いや狙ったんですけども。

Mixijpg2_4

というかですね・・・・・・こんなとこにピンはつけない!

マmixiだと小さくてあまり見えないですからね。

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2009年8月13日 (木)

どうしたんだい、ヘヘイベイビ?バッテリーはビンビンだぜ?

Photo_2

『国民的美少女、特技は開脚。

でもそんなの関係、ある!』

さてぬけ作です。

昨日は友人の調査を手伝い、軽井沢の別荘地に行ってまいりました。

すごい家が多い。

それぞれ、建築家に依頼して特別に建てたものばかりだす。

しかしほとんどが足で移動してのものだったので、だいぶ疲れました。

8月、ここまでは県外にいる日のほうが多いという状態になっております。

ところで気分転換に自画像を更新しました。

最初は上のごとく、クレヨンで重ね塗りしたものをスクラッチして描こうと思いましたが、上に置いた下書きの裏にクレヨンが移ったもののほうが、自画像として載せるのにはキレイだったのでそうしました。

もっと色を厚く重ねて、力の加減を調整すれば、場所によって違う層をひっかくことにより多彩な線になるのかもしれません。

でもきれいだね。

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2009年5月11日 (月)

僕が死んでも残る。ただひとつの、確かなもの。

ごめん、もうよくわからん。

なんだコレは。

Photo

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2009年3月19日 (木)

天プラ!お前だ!カラッポ!

ぬ・・・どないすんべし。

ときたまこんな。

Photo

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2009年2月11日 (水)

誰にもきづかれないように、食べ物を少しわけてやろう。金網の中で、大きくなれよ。

ギター・真島昌利、キャスケット帽子の時のスタイル。

Mercy_4

ギター弾きながらタバコは吸いません、ラルクのKenクンじゃないから。

でもマーシーは長身で髪が多いから、頭がぼわっとでかく見えます。

そこがどこか、かわいいんだけど。

黄色いキャスケットをかぶった頭を、大きいサイズのネルシャツ(赤、黒のチェック) → スキニージーンズ → ロングブーツですらり、綺麗にまとめあげる様はさすがマーシー。

いろいろ語ると長い気がするのと、たぶん言葉にしようとしても全然できないかもしれないという気がするのとで深くは述べませんが、私はたぶん、マーシーみたいな生き方がしたいようです。

イラストの師は永遠に熊倉師匠ですが、生き方、集団の中での、個人の中でのふるまい方は、彼は理想的だと思います。

もちろん全く同じなんてことはできるはずはありませんので。

そこに何かオリジナリティを活かしていければナ。

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2008年9月15日 (月)

深い涙の底に沈んだ。そんな、気持ちなんです。

初版と最新版。

_1_52008jpg_3

同じ自画像でも描きつづけてると、やはりポイントポイントの特徴が変わって、くるものです。

ひとりの人物を描く際は、描きなれた対象だと特に、リズムというものができてきます。

口頭伝承により伝えられるモノが時を経るにしたがい、ゆるやかに変化していくように、ドローイング・リズムも筆を重ねるにつれてどんどん違う「曲」に変化していく。

運動とも似てますね。

何度も繰り返し練習をすることにより身体に培われて、「身体感覚」となる。

その根底にあるのは、神経を伝わるパルスとなり、そして骨、筋肉を通じて体全体に響き駆けるリズムです。

でも本人の感覚としては、まったく今までと同じイメージで手を体を、動かしている。

この二種類の、誰でも描けるような簡単な人物像、おたがいに全然違う対象を写したように見えますが、私の中では髪の毛の流れから帽のかぶり具合にいたるまで、まったく同じ感覚をもって描いています。

外面がどんなに変化しようと、内面は前と同じ。

大体の人間が、そうそう変われるものではありませんネ。

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2008年8月24日 (日)

僕もプライスを決めようか?

忘れてましたが、京都から兵庫にいく途中あたりで、高速バスの中から黄昏にそまる「太陽の塔」を見ました。

「あ、これが岡本太郎の太陽の塔カァ!!」

と思いました。

マそれはそれとして、駅の前に看板をもって突っ立ってる人がよくいるそうです。

看板には、

「free hug」

と書いてある。

これはアメリカあたりからある行為で、理由もなく抱き合いたい(ハグしたい)人間同士が抱き合うというポジティブな行為だそうで、それを駅前で日本人が立ってやろうという魂胆だそうです。

魂胆とかマイナスイメージっていいましたが、これに実に多くの人々が抱き合いにいく。

お互いに抱き合って、肩を叩きあってさっていくそうです。

日本にもまだ無償の優しさというものがあったんですね。

そして、結構癒しを求めている人がいるんですね。

このストレスフルな現代社会は間違いなく人間がつくりだしたものです。

でもそれを作った張本人であるはずの人間たちが癒しを求めているというのは、まったくもって皮肉な状況ですね。

異様な光景とも感じられます。

でもまたこういった矛盾で満たされているのが現代でもありましょう。

限りなく病気がおこって、そこに限りなくワクチンを傾ける。

いわばスクラップ&ビルドの繰り返しで、なんとか平衡状態を保っているわけです。

愛がコンビニでも買えるこの世ですから、探せば優しさというものは限りなく、ある。

この世の無限の優しさを、もっと強く感じていきましょう。

Photo_5

ハグする対象が多いのも考えモノだ。

でもセリフの文字にしてる分には検索に引っかからないから、不適切な発言もし放題・・・いやいや。

自重しますよ。

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2008年8月22日 (金)

コンピューターで計算された人生なんて、僕はいらない。僕はいらないよ。

Photo

『それぞれにとっての、原点そして居場所』

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2008年6月26日 (木)

灰の中から

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・・・ 理不尽な現代社会に、改めて絶望した!!

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2008年6月24日 (火)

もう泣かないで、月がとてもキレイ

現代社会、いたるところで理不尽なことにより被害を受ける!

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絶望した!!

ただ言いたかっただけのネタに、絶望した!!

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2008年6月 7日 (土)

広がった。集まった。商店街も、裏通りも。

気をつけてください。

さっき風呂場で死にかけました。

頭を洗ってシャンプーを流していたら、ふとしたはずみで大量のシャンプー水が口の中に流れ込んで、飲んでしまいました。

そしたら喉の奥で石鹸の膜が張ってふさがってしまって、まったく呼吸ができなくなったのです。

悪いことに洗ってる最中で目を開けることができなかったため少々パニックになり、バスの中で軽く悶絶して暴れました。

壁中に泡が飛び散った。

なんとか大量の水を流し込んで、ゼイゼイ息ができるようになって助かりましたが、あれほど死ぬという事態を間近に感じたのは久しぶりです。

さて喉はひりひりして吐き気もかるくしてくる。

しかも座ってるだけでなんだかカニみたいに、喉からどんどん泡が出てくる。

ここはお茶でうがいをするべきか、はたまた酢を使うかということで軽く迷いました。

結局酢を使いましたが、要するにシャンプーと酢が反応したりしないか一瞬必死に考えたのでした。

弱酸の遊離がおきてへんな酸が喉の奥に出来するのではないかとか適当なことを考えましたが、酢酸は弱酸だからまぁそんな恐れはないだろうとたかをくくってやったら、まだ生きているので多分大丈夫でしょう。

そのあとついでにお茶でやりました。

しかしつらつら思うに、これでもしかなりの効果があったとしたら、これはお茶のおかげということになりますが、さてではなんでお茶がそんなによかったのか?

と考えると、大体タンニンという言葉が浮かんできます。

とにかくお茶という言葉が出てきたら、とりあえずタンニンといっておけば大丈夫、という楽観的解釈です。

タンニンがシャンプーとどう関係するかなんか知りません。

でももし真実はいつも1つな人の推理とかで、

「トリックは、お茶ですよ」

とかいうセリフを聞いたら、条件反射で

「ふん。タンニンですか」

としったか顔でいえば、大体当たるかもしれません。

そしたら居合わせた人たちは

「なるほど、こいつは頭が回る」

とか思ってくれるかもしれません。

人の信用とはまことこういう適当なところから勘違いされるものです。

そしたらしめたもんです。

Photo_14   

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2007年12月27日 (木)

ドアを開けても、何も見つからない。そこから遠くを、ながめてるだけじゃ。

0008_5   

完成形です。

だいぶ前に描き終わったものですが載せるつもりで忘れてました。

私にとっては最後になる、部活で年末に発行する文集にのせたものです。

引退した方々は「本当の」締切日がもっと先であることを熟知しているので、わりかしのんびりと原稿を出しますが私はさっさと出してしまいました。

年末まで雑事にかかずらう気は毛頭ないです。

これは私の創作ではありません、1960年代にソ連で活躍?した、エル・リシツキーなる建築家の計画案です。

「レーニンの演説台建設計画」。

見るからに不安定なこの建設物は、当時ソ連に登場した「ロシア構成主義」という一派の特徴を明確に有しています。

いわく、機械美学の心棒に基づいてあくまでも幾何学的に構成され、宇宙的広がりをその身に内包する、動的かつ不安定な建築群。

面白いのは、ロシア構成主義の建築家が作った建築案は全てがその特徴をもっていたので、そのほとんどが計画案で終わっていて、実現された物は極めて少ない、という事実ですよ。

たぶんこのレーニンのための物も実現はしていないと思われます。調べていないので、わかりませんが。

なんでこれを選んだかといえば、まぁそうですネ、なんでだろう。

感性の思うままにやったことに理由をつけるのってなんだか苦労するなぁ。

まずこの形のありえなさにすごく惹かれたということと、私はロシア構成主義の存在自体が好きであるからだと、思われちゃいます。

どうかんがえても建ちようがない建造物を沢山つくりだしている、しかもそのほとんどが冷徹な幾何学で構成されていて、フォルムが美しい。

この国の、この時代だからこそ存在した、そんな特別な存在だからカナ。

まぁそんなに語れるほど詳しくは知らないし、調べてないのでわかりまっせんが。

どんな世界にもありえない一派がいるのは、とてもおもろいものですな。

異端児、異端児とよばれ、あるときはさげすまれ、でもあるときはカリスマ性の象徴としてあがめられます。

芸能関係についていえば、ちょうど今はあがめられる時代じゃないかな。

先達て、兜の本をよんだら、なんだかカニの手が突き出している兜もあれば、頭頂部分がにゅっと上に伸びてそのままこぶしになって、何か掴んでいるような兜もありましたよ。

世界はまだまだ狂気に満ちてるなァと思わせるもんです。

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2007年1月21日 (日)

ガールハントの天才なのだ。

  Miti2

約束どおり、何かしらアップしちゃいました。私は約束を守る人間なので。

こいつ何かって言うと、去年の部活の名簿用に描いた奴でして。部の名簿は各々、6×14くらいの、自由スペースが与えられていて、そこで好きなことを書いていいわけです。せっかくだから、ちょっと気ぃ入れて描いた。

手前のキャラは、見覚えの人もいるかもしれない。私のここ数年間のタッチは、私が現在唯一尊敬する人のタッチに、意識的に似せて描いている。

前に部の人がでかい声でいったことがある。「お前の絵なんて○○のパクリじゃん」

否定もしなかったし、その言葉に怒りもしなかった。事実だからね。

嘘です。ちょっと、きた。

でも、好きな人の絵を模写するつーか、まねして描く、技術をその人から盗んで、ゆくゆくはそこから自分のスタイルを作っていく。っていうのは、上達の上等手段だと考えるわけです。

どんなに個性的な絵を描く人だって、生まれて初めて描いた絵がそのスタイルなわけない。ピカソは昔からあんなカピカピしたタッチではなくて、昔はちょっと写実的だったのは、有名な話で。余談だけど、ピカソについて、建築に関連して驚いたことがある。

彼がフリーハンドで書いた建物の立面図を見たことがあるが、驚いたことに、全ての直線が、完璧な直線だったことで。彼は定規も使わずに、まったく非の打ち所のない直線がかけたわけですな。努力の賜物か、はたまた天才か。

っていうわけで、今私はまさに、赤子のように人真似をしながら、暗闇を手探りで歩いているわけです。パクリっていわれて当然!来年あたりこのタッチも変わってるかもしんないなぁ。

自画像の絵は完全に、また別の人の影響を受けているけどね。

そう、今日「ビビンバ丼のMで。」

つったら

「うぃ!ビビンバ丼の大盛り一丁!!○○円ですぅ。」

って帰ってきた。

おや?100高いぞ?大盛り?

強制変換ですか?

お客の目の前で、勝手に業績予想を上方修正ですか?

つーか・・売られた?

と思って目を転じたら、

「ビビンバ丼 L  ○○円」って書いてあった。

あ、俺の滑舌が悪くて、「えむ」 が 「える」に聞こえたのか!成る程ね。

特に文句もなかったので、ありがたく頂戴しておきました。いつもより辛かった。

抜けた人への辛さか。 

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