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2009年1月30日 (金)

みんなを乗せて、星クズのかなた。一直線の、稲光。

ドラえもん・のび太とアニマルプラネットを観ていると、面白いことに気がつきます。

まず背景を述べておくと、アニマルプラネットは言葉をしゃべり、二足歩行する動物たちのみが暮らしている惑星でしたね。

しかしその動物たちはお互い、捕食・被食の関係つまり食物連鎖というクサリに縛られてはいない。

食べ物は全てプランクトンや空気、水などを高機能の機械で合成して作る。

文明は高度に発達しており、車はタイヤがなく空に浮かぶ。

生活スタイルは人間そのもの。

その惑星はそもそも未来人が動物たちのために整備した惑星であり、その惑星にとっては月にあたる汚い星には人間「ニムゲ」がすんでいて、綺麗なこの惑星をのっとろうとはかる。

さて、シーンを回想しながら問題点を見てみましょう。

シーン1:チッポの家で

のび「ドラえもん、今のニュースの地図みた?」

ドラ「みた!なんていう国だろう」

チ「クニ?クニってなあに?」

さてこれを踏まえてシーン2。

シーン2:ニムゲとの戦いを控えて

ドラ「この惑星に軍隊はいないんですか?」

チ父(警官)「グンタイ?そんなものいないよ。戦争なんてやったことがないからね。

1つの町に警官が1人だけ。武器は6発の麻酔銃」

どうでしょうこれらの記述から面白いことがわかりませんかな、マ「グンタイ」のなんたるかを知らない犬のお巡りさんが、それは戦争に使うものであることをなぜか知っているという点はおいといて。

どこが面白いって、動物たちには「国」という概念がないくせに「町」という概念があるんですね。

お天気ニュースでいくつかの大陸すら写っており、これほど高度な科学文明をもったこの惑星が。

町のみがまさに惑星に蟄居しておるわけです。

それらを束ねるものはない。

町が集まってできているのが国だ、という認識を持つ私達人間と比べると、面白いですね。

私たちの世界の古代、つまり全国統一の前の状態を考えてみると、小さな「国」がまず各地にあり、それ同士が戦いをしてどちらかが負け、どちらかが勝ってその土地を奪う。

そうやってまず小さな「国」があり、それが合体して大きな「国」になったあと、国内を小さな「町」に分けた。

つまり私達の世界は、まず国があって、その次に町ができた世界なのです。

動物たちはそうでなくいきなり町に住んでおり、それらを統一するいさかいが全く起こらないのです。

しずちゃんが「ユートピアだと思うわ」といった真の意味はこの世界の景観の美しさだけでなく、この国の成り立ち、また現在もなお受け継がれている都市構造こそが理想なのだといっていたのがわかります。

深層にまでメッセージが染みこんだ作品です。

やっぱりすごい。

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2009年1月28日 (水)

いそがしさに甘えてんじゃねえぞクソが

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2009年1月27日 (火)

ヘナヘナで弱い学生に、神のココロを植え付けよう

そういえば世紀の瞬間、見ましたよ。

リアルタイムで。

古びたブラウン管というフィルターによる視覚的データ変換を通して。

イラク戦争とか同時多発テロの突撃の瞬間とか、さまざまな歴史的瞬間に常に接しているともいえる私達ですが、アフリカ系アメリカ人初の大統領もまず歴史に残ることに相違ありません。

でもそういった壮大な歴史だけが、歴史ではない。

いやしくもレキシと呼ばれるもの、私達だれもが作りうるので、あまり物事をすごいとか容易には思わず、

「そんなもの、片手で描けるわ」

という意気込みでいかないと。

夏目漱石の言葉ではありますが、

『たまには股ぐらの下から「ハムレット」を観て、

「君こりゃ駄目だよ」

ぐらい言うものがでないと、文学界も進歩しないだろう』

ということです。

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2009年1月25日 (日)

飛ばそう風船爆弾。きれいに、飛ばなくても。

それで、いいかげんプロフィールを真面目に書きました。

←よろしければ。

真面目すぎて引かないで下さい。

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いらないものが多すぎる

改めていうけど、もう二周年突破してるからね。

いってないって。

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2009年1月24日 (土)

真夏の夜明けを握り締め、何かべつの答えをさがすよ

本屋でカサハラテツローの漫画・単行本を見ました。

カサハラ先生といえば、学研の雑誌で私の時代では

『メカキッド大作戦』

『はるかな星のミント』

などを連載していた漫画家ですね。

小学校以来、見たことがなかったのですが、表紙からみるとだいぶ絵が変わったようですね。

1人の漫画家の10年近い間隔をもつビフォー・アフターを、そのプロセスに接しないで見たのは初めてかもしれません。

まぁ熊倉師匠も、あれだけ変わったものねぇ。

あさりとしとお先生も学研で『まんがサイエンス』を連載していた人で、今はアフタヌーンで『るくるく』を連載しています。

こちらは絵がかわりません、初期は高橋留美子そのままでしたが、それ以降独自のスタイルを形成した漫画家です。

あと雑学の量がハンパないようです。

学研で「サイエンス」と名のつく漫画を連載していただけあって、多方面の知識を豊富にもっているのが作品から読み取れます。

それは今も同じようだ。

もともとは同人誌から出発した人だと聞きました。

そのせいあってか、今の作品はちょっとエロが多いですが。

しかし、カサハラ先生のなら手を出してみてもいいかもしれないですな。

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2009年1月23日 (金)

電光石火。電光石火。電光石火で、駆け抜ける。

部活のことを思い返すと、やはりいやおうナシに学んだ点、やらなかったために激しく後悔する点、逆にやらなかったために学んだ点(当然後悔の応酬はあれど)、あれだけは貫き通してよかったと思える点、いろいろと出てきます。

逆に同学科の知り合いを多く作ることに時間を費やさなかったから、ケンチクの見識は狭いままですが、それを失ってもあまりあるものがあったと思います。

たとえ他大学と交流をしていたとしても、ひとつの学科の中で泳ぎまわること、井の中で狭い見識に満足する蛙、一体なんの違いがあるだろうか。

大学時代いちばん何かをして、同時に一番何かを学んだ場所は、体育館の一角に位置する、コンクリートに四角く切り取られたあの青空の下にあったということ。

つよく再認識します。

たぶんみんなそうであるはず。

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2009年1月19日 (月)

AH!宣戦布告!手当たりしだい

朝目が覚めると、なんだかすっきりしなくて。

誰かの声が、誰かに似ているのだ・・・。

それが誰で、また誰か、思い出せなかったのですが。

さっき思い出しました。

ついこの間のレクチャーの話でした。

注目されている若手建築家・藤本壮介氏が、やけにいい声をしているのです。

失礼ながら顔からはあまりそのような印象は受けないのですが、メモを取るために御顔から目をそらし罫線にそって文字を配列しむる際、その声を改めて聴くとかなりいい声をしています。

麒麟の田村じゃないほうもかなりグッドな声をしてますよね。

それで極めて藤本氏、男らしく渋く響くいい声をしている。

建築家は作品だけでなく、クライアントへの説明力も必要ですが、その際にこれだけいい声をしていると、かなり印象もいいでしょうね。

役得役得。

すばらしい。

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2009年1月18日 (日)

おとなたちは綺麗なハナより、宿題のハナシがだいすき

どうも、M・Mです。

みなさま私の別の庵へようこそ。

部屋にいると手がかじかんできます。

なんだかんだこちらの方も気温が低く、私自身がろくに暖房をつけないのでしょうがないですが、私は実家の頃からこういった感じなので、だからこのよぉーに、人間性というか性格がじっと静止しているような、身じろぎせず寒さに耐えているような感じになったのではないか、と最近疑いだしました。

そのくせインフルエンザ・ウイルスは湿度40%以下で活動が活発になる、と親に聞いたので、しきりに湿度だけは気にしてて、加湿器に給水を怠らない。

だからなんか性格に過剰な水気があるんですね・・・それはどういみだろう。

ごほん、アほ、アほ。

だれがじゃannoy

そういえば、最近名前に「都市」が入った大学の弓道部元主将から年賀メールが届きました。

元気ですねぇ。

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2009年1月17日 (土)

僕は自由に生きていたいのに、みんな幸せでいるべきなのに、爆弾が落っこちるとき、僕の自由が殺される。爆弾が落っこちるとき、すべての幸せが終わる。

はーん

いよいよ今日は、世にも無意味なセンター試験ですね。

がんばって受験者のふりして常に何かのセンターで愛を叫ぼうかしら。

あぁなんだか書いてるだけで無意味だ。

無意味系少女。

じゃあ意味系少女ってなんなんズラ。

ズラで思い出しましたが、銭ゲバは松ケンじゃちょっと、ハンサムすぎないですかな。

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2009年1月15日 (木)

今日も明日もあさっても、何かを探すでしょう

海外ドラマ・24ネタ。

「実は私の友人の友人が、アルメイダ」

トニー!!

ネタがわからん奴には本当に、すまないと思っている!

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2009年1月12日 (月)

人間はみんな弱いけど、夢は必ずかなうんだ

前から感じてましたが、多いですね。

みんなそんなに、鵠心ほしいんですか?

正直弓は使ったことある種類か、もしくはしっかり試し引きしたものを購入すべきだと思いますよ。

たぶん今鵠心は試せないでしょう。店頭にないんだろうから。

種類なんか影響ないっていうのならいいと思いますけど。

マ私なんぞがいえた義理じゃないので、きっちり誰かに話しうかがった方がいいでしょうけど。

しかし最近、甘いものが死ぬほど食べたくなる。

それで死のうなんてことの方が甘いでしょうけど。

ビッグサイト周辺へまた来ましたが、天気がよかったので、ふとあたりを見回した。

巨大な建物が大いに間隔をとって、どこんばこんと建っています。

だから空いているスペースが当然すごく広いわけですが、そこでやけに寒いし暗いと思ってたら、ビルの日陰にはいっていました。

どこまでニブイのかわかりませんが、そこで初めてビルが作る巨大な影に注目しました。

真夏の駅前で人を待つ間、当然近くに立っているトイレあたりの日陰に逃げ込みます。

それくらいのサイズだと、建物の影という認識がまだあるのですが、これだけ巨大なものだと、その作る影が建物から落ちる影だとはなかなか認識しづらいと思います。

単に空が曇っているんだ程度に感じていたのが、実は巨大な影法師に取り込まれていたわけです。

あれだけ空に向かって威勢良く伸びている建物が、実は地上にまでこれだけの影響を及ぼしているのだ、と思ったとたん恐ろしくなりました。

なんだかんだ、メガ・ストラクチャーは権威を象徴しますね。

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2009年1月11日 (日)

「俺は酒飲んで暴れる!俺はドラッグをぶち込む!LSDをやりまくる!俺はロックの豚野郎!本当のことは誰にも言わない!」

「アニソン」と書いておいて、わざわざその横に(アニメ・ソング)と注訳を設けるところに、とても哀愁がある。

誰も兄損とは変換しません。

むしろ大きなお兄さんたちは喜んでいるくらいで、損しないと思う。

兄得である。

ところで最近は声という概念について、ちょっと気づいた点があります。

ここ数年を振り返って、そのうち書きます。

要は彼らはドラマじゃなくて、ドラえもんを求めているということですカナ。

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下手なウソならすぐバレて、さびしくなっちゃうよ?

昨日関東では雪がふるかもしれないという噂が飛び交い、台湾の人も興奮して眠れなかったそうですが、結局空振り。

降ってはいたそうですが、積もらなければマそういう反応になります。

新年を思い出しました。

1

朝起きたら、昨日帰省した瞬間に私を出迎えた雪が、一面に積もっている。

二階から寒気に顔をさらし、やっちまったな!という感じで銀世界を眺める。

私の実家は昔山だったところに建っているもので、二階からなら、下界たるはるか駅周辺が見下ろせる。

実は二階から、自転車で50分いった先の母高校までみえる始末である。

一年ぶりの雪をみて、晴れ晴れしい心地がしたのもつかの間、一階から雪かきをしろとの指令が飛ぶ。

朝食たる雑煮は、除雪の後支給されるものと見える。

しょうがないので、ダウンジャケットを着る。手袋をはめる。毛糸の帽子をかぶる。

これはただでさえ日々鞭撻を加えねばたちまち奇妙な形に変形を遂げる私の毛髪をヤッと掛け声をかけて平らにのしてしまうので、あまり好きではない。

だがそれなしでは耐えられぬ寒気である。

陽光は暖か、白く心地よい風花の我を迎えるを肌身で感じつつ、裏庭に移る。

裏には両親が丹精こめて育てた奇妙な顔をした野菜が育っているばかりであるが、それを過ぎると倉庫がある。

尋常のころそこに潜む猫の仔を発見したのも懐かしい思い出である。

倉庫を開けて手を突っ込み、雪かきシャベルを引っ張り出す。

関西などでは雪かきをしたことがない、という同輩もいるようである。

そういった家々にはこういった道具は揃えていないであろう。

道具を引きずり引きずり、正面出口へ移動し、敷地から出掛かるところへ、母の声が追ってくる。

なんでも我が家の前だけでなく、向かいのN家、左隣のN家、さらにむこうの駐車場の前までareaを拡大して除雪に努めよとの仰せである。

さらに言葉を続けていうには、その駐車場の隣にはお前も知ってる通りT家がある。

そこの主人はもう60を過ぎるというのに、雪が降った朝には誰よりも早くおきだして家の前の雪を撤去する。

それもただどけるのではない、まさに道路の両脇にある白線の外側まで完璧に雪をして後退せしめるのは近所でも有名である。

故に彼の家の前の道路は、アスファルト地が明確に見えたること鏡の如し。

よってお前は、我が家の前、N家の前、そして駐車場の前と進み、その隣のT家の完璧たる跡まで綺麗な面を持続させねばならない、と法外な注文をする。

これはつまり、近所3軒分に相当する雪かきを、T家の主人の如き手前を持って完遂せよという事である。

しかたなく家の前に出て、左に目を転じる。

背にお天道様を浴びるため、先の様子がよく見える。

すると予想にたがわず、T家の前の地面は灰色である。

これは本来の色としては黒なのだが、未だ雪がちらりほらりと降り続けており、その表面に若干の薄化粧を施しているため、灰色に見えるのである。

いずれにせよ、T主人の仕事の跡は明らかである。

シャベルを振るう。

やわらかい雪肌に突き刺さる。

久々の白い重みが、身体に染み入る。

ただ靴はこれを予想して米軍製ブーツであったので、水が染みる危険は全くない。

除け除け進みながら、ふと隣のN家のことを思ってみる。

N家といったが、実は元N家であり、今は住民の苗字すら知らない。

だがN家だったころに住んでいた爺さんが優しい人であったのが記憶に新しい。

この爺さんは動物が大好きな人物で、我が犬などもよく懐いていた。

彼は口笛でトビを呼び、これにエサをやるほど動物に好かれる。

犬のことで思い出したが、我が家の犬のテリトリーは不必要に広い。

我が家に訪問者があると、これに向かって吠える。

それはいいのだが、隣のN家に客があっても、爺さんを好いているからこれにもまた吠える。

反対側の家の主人はよく散歩の連れて行ってくれた好人物のため、この家に不審と見る人影を認めると、これに吠える。

当然向かいのN家もよく目に入るためか、とりあえず吠える。

挙句の果てには、裏の家の玄関を叩く音がすると、わざわざ裏に回ってこれに吠える。

裏の家にはどのような義理があるのかは知らない。

私も特に彼女に問いただしもしなかったので、ついに現在まで知らぬままである。

言ってみれば四面楚歌を自分で歌ってみるようなもので、すこぶる奇観であった。

それに隣のN家にはもう、年をとってもなお矍鑠としていた犬がいたのである。

客来訪時これも吠え、我が家の犬も吠えるので、この家に人が来ると察するのに時間を要しない。

ついでにいえばこの隣の犬は、いわゆる変犬である。

この家には正方形に近い平面を持つ庭があり、それが道路に面しているのだが、彼女は暇さえあればこの庭を囲む外壁にそって庭を円形に疾走する。

それも一周ではない、気が済むまで何度も何度も挑戦して回る。

陸上選手のような規則正しい鼻息が聞こえるから、それやったと思ってみると、思ったとおり庭の中心を支点にして、しきりに1つの大きな円を画して居る。

その結果、当然といえば当然であるが、地面は外壁にそって深くえぐれ、円形の堀が完成しているのである。

私は昔庭に深く穴を掘って宝を探していたのが、ついに水道管を掘り当てたことがある。

そこまでやれば大した努力だと思うが、どうも彼女の方が士気が上である。

今なお、この堀が残っているかどうかは不明である。

ようやく除雪を終える。

例のT家前の鏡のような地面まで繋げる件であるが、これはさすがに骨が折れるため、結果として私のareaからだんだん雪の層が薄くなっていき、ちょうどグラデーションを描くように、最後は極限まで薄くなってT家の前に到達させることとした。

うまくつながったと思う。

粉雪が、この細工の跡を隠すであろう。

これも一種の「マスキロフカ」である。

この度は、そのまま温泉で年を越す。

よくよく話を聞いてみると、まだ一回両親と会ったきりの二番目の姉のボーイフレンドが一緒にくるというので驚いた。

もちろん久々に帰っていた姉も来る。

両親が是非にといって、決定したそうである。

よくもまぁ新年の温泉旅行に一度しか会ってない娘の彼氏を引っ張り込むものだ。

もっともこの方はだいぶ面倒見のよさそうな好人物であるから、特に問題はないが。

しかし、この年になっても両親の思考回路は読めないままである。

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2009年1月 8日 (木)

わたしはあなたの、味方気取り

「猫を友達とする訳は、猫は野獣性と家畜性との2つの性質をもっているので、そこが面白いと思うのである。

ライオンの仔や虎の仔は、初日のうちこそ家においてもよいだろうが、大きくなるとこれは始末に困るに相違ない。

猫に野獣の面影のある所がよいのである」

芸術家レオナール・フジタこと藤田嗣治の言葉です。

日本で生まれたものの、晩年はフランスに帰化し、夫婦ともどもカトリックの洗礼まで受けた人物の、展覧会に年末行きました。

作品をじっと観ていると、日本画なのか油彩なのか、そのあたりの境がだんだん判然としなくなって、最後に彼特有の乳白色に取り込まれてしまう気がしました。

一見水彩のように水墨画のように黒色でうっすらと陰影をつけているようなのですが、実はそれが油彩でなされている。

しかし初期においては、飽くまで対象が日本画的特徴を有している。

しかしどこか、ギリシャ神話の人物に似てもいる。

動物なんかを見ていると、それを強く、感じます。

彼は動物もよく描くので、いたるところに動物が出てくるようですが、その中でも私が猫が好きでした。

全ての個体が実に特徴深い、生き生きした表情をもっていて、絵本か何かを観ているようだ。

馬なんかを観るとちょっと受ける印象が違って、ピカソの「ゲルニカ」にいたあの馬のそれに似ているような顔をしたものもいました。

それは決して錯覚ではないと私が判断する根拠とするところは、彼がモディリアーニ、ピカソ、ルソーなどの影響を強く受けている画家であったという事実です。

とくにピカソの絵には、一番衝撃をくらったと書いてありました。

なんだか最近観る絵は、全てこのキュビズムとかアヴァンギャルドに関係する画家ばかりで、別のジャンルにも浮気しなくちゃいけませんカナ、と思いました。

去年、渋谷BUNKAMURAでアンドリュー・ワイエス展がやっておりました。

アンドリュー・ワイエス。

高校時代、教科書で観たかぎりの名前で、しかも観た絵はそのとき教科書にあったワンカットだけという画家で、なんとなく名前だけ覚えていたので、観ようと思っていたのが、メリー・クリスマスを待たずして終わってしまいました。

いえ、それくらいは待ってたかもしれませんが。

アメリカの現実主義の画家ですが、味わい深いタッチと彩色を有している・・・なぁ!と思ってて是非観たかったのですが。

ヤレヤレだぜ。

レオナール・フジタ展。

今は東京・上野でやってますが、次は宮城・仙台のせんだいメディアテークでやるそうです。

母が観にいくと豪語してました。

猫が数寄だという人は、観にいくと面白いと思います。

彼はいつも、猫とともにいる。

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2009年1月 6日 (火)

面と向かってキック、されたらどうするんだ?

『私の疑惑は確信へと変わった。

明らかにこの私の関東における住まいは、自衛隊戦闘機飛行ルートの、真下に位置するようである。

その証拠に、毎日のようにアメリカ軍製の強力なエンジン音により、家全体が震えるのである。

加えてこのアパートは下界から坂を上りきったところの、さらに上に構えるので、その辺の屋敷よりは明らかに壱等、空に近い。

そのうち雨のかわりとてBOMBの洗礼を浴びること必至である。

グラウンド・レベルと空と戦略爆撃機との高度関係から考察するに、私の家がまず最初にその大いなる洗礼を戴くのではなかろうか・・・』

- 引用:「哀愁と愛情の行間にて」

著:n.k.sack

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2009年1月 4日 (日)

やなことも下らないことも、吹き飛ばす。ダイナマイトみたい。

えぇと昨日ですか。

昨日は中学メンツでした。

けけけ。

なんだかよく覚えてないや。

とりあえず皆様お疲れさまでした。

途中で先に帰ったはずのところを、なぜかタクシーで追い抜いてしまったあの人も、お疲れ様でした。

あっというマに新年を迎え、いよいよ関東へ帰る日が近づくのでございます。

あぁなんか疲れたので、今日は少し早めにご免蒙ろうというところであります。

あす以降に、しっかり「ますきろふか」をスタートする心であります。

そういえば今年のおみくじは・・・マ秘密です。

きれいな写真をあげて、ごまかして置きましょうかね。

ほらよ 

題名:「林の中に空落ちてたさ」↓

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2009年1月 3日 (土)

終わらない歌を歌おう、明日には笑えるように

こんにちは。

Master of Maskirovka、通称「M.M」ぬけ作です。

本当はM.M.Mですが、気づいてみたらいい感じに同じアルファベットが並んだので、ちょっとうれしかったです。

本日午前中、やっと図面が完成しました。

てこずらせやがって、このやろう。

だれのせいだとおもってる、無論わたしのせいにきまってる。

さ、あと二枚だ・・・・!

そのとおり、まだまだマぁだ書く図面はあるのです。

愚痴いっても始まらないので、そこは棚にほうっておくとしましょう。

さて、午後は飲み第一弾で、高校球児の連中とでした。

べつに球児ではないのですが、そこを球児とそこはかとなく呼ばしむるところが、やはり彼らだと思います。

おそらく本人たちは、意味不明だと思ってることでしょう。

だが九州男児だけが高校球児だと思っていると、えらい目にあってしまうで。

しまうので。

そこを理解しておく必要がございます。

わかりまするか。

わかるまいよ。

さて、いい感じに酔いがさめて来たところで、駄文を終わらせようと思います。

マとにかく球児ではないのです。

はてさて、家近くを登坂しておりますと、星がぴかぴかのなんの。

都内よりは、確実にきれいに見える感じです。

それは都内が眠らない町と呼ばれるほど、夜間も光にあふれていること、そして関東に比べて明らかに東北の方が空気が澄んでいるせいでしょう。

東北に比べ、都内は本当に、空気が汚いので。

酒の火照りをほどよく冷ますこの寒気の中、このようなことを学ぶとは、思いもよりませんでした。

友人私の文が長いだとか、よくまぁ駄文を連ねて飽きないとかいってましたが、私のような人間にとっては、無駄でも懸命にやり無駄でなくすることが、人生最良の道です。

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2009年1月 1日 (木)

涙がこぼれて止まらない。幸せがそこで、手を振ってる。

おっと一日が過ぎてしまう。

とりあえず、あけましておめでとうござぁます。

こちらは大雪でしたわ。

なんか、一年の始まりは雪で始まらなくちゃ、ぬけ作の年始ではない気がします。

凍れる魂の錬金術師、n.k.sackことぬけ作をよろしくおねがいします。

ほかに書くことありますが、マ、明日カナ?マフォ。

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