あまりにも突然に、希望は砕けていく
と、いうわけで、明日から群馬に2日間出張です。
じょ。
もう仙台も初雪が降りました。
おっと、人のいうことをマに受けてはいけない、自分の五感だけを大切にしないと。
故郷の人によると、仙台は初雪が降ったそうです。
こちらは全然寒くはないですが。
確かに風は吹いているのですが、身を切るまでは行きません。まだまだ余裕です。
そろそろ帰る時期考えないと。
パシフィコにいったあと、早めに切り上げて横浜美術館へ鑑賞に行きました。
狙いは、展覧会「セザンヌ主義」。
ポール・セザンヌに多大な影響を受けた、ピカソ・ゴーギャン・マティス・モディリアーニなどの画家の作品および、セザンヌ自身の作品が展示されています。
このセザンヌ主義の人々がセザンヌの技法の中に、おのおの違う要素を感じとって、それぞれ「キュビズム」や「新古典主義」になっていくそうです。
日本人などもその中にいて、確かにその影響を大きく受けている印象を受けます。
小野竹橋の、セザンヌ的な日本画などもあり、たいへん興味深いものでした。
セザンヌの初期の作品は、印象主義にのっとったものでした。
これは「光景の中に現れる一瞬のきらめき」を、そのまま絵画にあらわす手法をとる人たちのことだと、解釈しています。
ようするに、きわめて鮮明な残像を描いたものといえるでしょう。
だからセザンヌの作品をはじめ、幾人かの作品は人、物の輪郭は不鮮明で全体的にぼやけており、総じて光景の印象しかはっきりと感じることはできない、そんなイメージでした。
「林間の空地」などで、特に強く感じます。
晩期のセザンヌはそれとは打って変わって、輪郭をあるていどあらわした技法を用いています。
フォン・グリスがこのような言葉を残しています。
「セザンヌはビンを円筒にかえたが、私は円筒からビンを作る。
セザンヌは建築を志向し、私はそこから出発する」
印象主義にはじまり、その後その技法に疑問をもちはじめ、やがて印象主義を脱却した「父」の「生涯」を、「建築を志向する」と表現したこの言葉はグリスの建築観の片隅に触れた感じがして、すこし面白いと感じました。
「建築家でなくても建築を創れる」ということは、こういったことなのかもしれません。
どうもいまいち感想を述べるスタンスが確立していないので、つたない日記になってしまいますが、マそのうち慣れるので、その辺はゴヨーシャくださいまし。
それでちょっと美術館について。
エントランスを 入ると、どことなくローマ会議場の環境を思わせる石段(階段)が両サイドに積まれた、ホールがあります。
屋根は三角で、半透明な素材なので、ぼんやりとトップライトが落ちてきます。
そして2階はホールに沿って、廊下がぐるりと回っていて、手すり越しに下のホールを見下ろすことができます。
これがよく考えられていて、展示場を回って鑑賞している人はルートとして、何回か展示場の外へ出る機会がある。
その際、この廊下に出るようになっており、ついでにベンチも置いてあるので、ちょっとした休憩ができるようになっていました。
さっきいったように、ちょっとホールを眺めることも可能です。
いってみれば展示室・ホワイエ間を行ったり来たりしながら移動して、鑑賞するシステムになっているようです。
展示室の構成を変えることにより、そのパターンを変更することも可能でしょう。
展示空間としてビシッと区分けされてなくて、建物全体として1つの空間であるというイメージがなかなかおもしろい。
やはり展示室を回りながら、ずーっと精神を集中していたところに、ふっと広い空間に出て息抜きできるという要素は大切だと感じました。
こっちの方をゆっくり歩いたのは久々で・・・つかれました。
藁葺きの屋根の家の中には、その藁を保護するために屋根全体をすっぽりとトタンで覆ってしまうものもあるそうでつ。
今日は実測調査だったので、見てきました。
あれはあれで、美しいのネ。
赤い。
アメリカばかりがなぜ赤い。
あ、そういうのはいいや。
とにかく町も山もすっかり紅葉に包まれて、一挙に秋化粧をほどこしていました。
秋は感覚的にすぐ過ぎてしまいますが、これは冬という本格的な化粧をする前にちょっと、頬を赤らめるという、きわめて女性的な感性が、大自然により表現されているといえなくもない。
あれほどころころと美しく変わる四季は、まさに女性的といえましょう。
空がもし赤かったら、紅葉など全然目に留まらないはずです。
またそんな空だったら、人間が美しいとか悲しい色だとか表現することも、なかったのではないでせうか。
青と白という色彩構成が誰の命令でもなく気づいたら出来上がっていたという事実は、いくら考えても頭を掻くしかできない。
自転車のせいで、また太ももが高校時代に戻りつつあります。
高校時代の激通学は、今考えればちょっとありえないですし、もちろん今あれほどこいでいるはずもないです。
アスリートじゃないので、あまり人目にさらしたくないですが。
でも、ついてしまう物はしょうがないので、マ、しょうがないのかァという。
とりあえず課題の発表が終わったので、一安心でした。
班の私以外はみな必要な単位じゃなかったという状況で。
だから、最後の詰めなどは私がやらなくてはいけなかったので、ゆるり、まとめて行ったら、前の班が押して時間の都合上、内容の半分くらいが割愛の憂き目に遭いました。
あぁこういうときにパッと要約して説明するというスキルが問われるわけカ、と思いました。
あたりまえです。
さらに調査対象が評価しようもないくらい完璧な条件を備えていたので、何も提案しようがなく、仕方ないのでおざなりに結論をまとめ、お茶でにごされまくったパワポになっていました。
そしたらそれも
「マ、そうだよねぇ~」
て感じでスルーでした。
運河さってから運がよろしいようで。
ついでにお後もよろしようで。
基本的に毎日、日記をつけるのをモットーとしていたのですが、どうも最近はむずかしいようで。
数日前から、本当に最小限の時間だけ休んで残りはつねに活動する、ということをやっていたのですが、結構な疲れ具合でした。
当然です。
でもそのうち、そういう生活に、なる。
今朝は7時に寝て、9時半におきて授業にいくはずでしたが、結果起きてみたら13時でした。
マ当然カナと思いましたが、目覚めが最悪でした。
カロリーメイトの最近のCMに出ている、あの黄色ジャージをきた俳優、名前を忘れましたが、彼がスーツをきて偉そうに座り、あの顔でにやにや笑いながら
「チミ就職どうするの?どうするの?」
と、こっちの答えも無視して話しかけまくるのでした。
おかげで、めざめた瞬間から、世界中の人に疎まれているような感覚をおぼえました。
まけるか
ボー
原発で火災が起こったというので、そこで働いている友達の安否を確認しました。
運良く無事でした。
この平和な国においてこれから被爆者がでるとすれば、それは原発以外にない、はずですね。
私達に安定した電力を供給するため命がけで働いている人たちがいる。
そのほかにも大勢のひとたち。
たくさんの職種。
拉致被害者の方がまた1人、北朝鮮内において生存している可能性があるとのことですね。
大変結構なことです。
しかし、どこが情報をリークしたんだろう。
故意でないとしたら、秘密保持能力がちょっと低下してきているのかしらん。
将軍の求心力が弱まってきたのでしょうか。
マこの一件だけではもちろん判断不明ですな。
本日に学校で、講○社の会社説明会がありました。
色々な触手を、失礼職種を見てみようと思うので、ちょっと面白そうだと思い、参加しました。
OBさんの話が面白かった。
あれだけ話がうまい人は、いいですね。
私は
「たぶん誰か聞くだろナ」
と思っていたら、やはり最後の質問で、聞いた少年がおりました。
少年A「あの、今マ○ジンでは、『絶○先生』という漫画がやっていますね。
あれは読んでいると、様々な社会・時事ネタをかなり訴えられるギリギリのラインまで攻めて描いていますよね。
やっぱりどこからかクレームが来たり、編集の人から怒られたりするんですか?」
やはりきたかと思いました。
誰かしらその質問を狙っていたに違いないとは考えていたのですが。
たぶんあっち系の・・・マ、それはいいでしょう。
OBさんの言うには、ク○タ先生は大変バランスがよい人で、これ以上はネタにしたらヤバイな、というラインをちゃんとわかってらっしゃる。
でもやはりたまにはラインを越えてしまうそうで、いやこれはダメだということになるらしい。
ネタであった通りですね。
いかにも少年誌然。とした説明会の雰囲気でした。
そういえば、なんだか秘密めかしていってましたけど、近々なんか、「アッ」と驚くようなプロジェクトをやるそうです。
生まれて初めてビッグサイトに行きました。
これが例の聖地巡礼と呼んで、彼らがぞくぞく集まるあそこか、て感じでした。
ただどっちを向いてもスーツだらけで、さすがにビームサーベルは持ってなかった・・・。
数年前に仙台で、フォーラムの警備員のアルバイトをしたのを思い出しました。
知ってる人間を二種ほど見つけたのですが、さすがに全関東は知ってる人間は見なかったですね。
あらかた就職しているからかもしれません。
本日は、10月末に授業で紹介されたので即刻チケット予約した、劇団によるお芝居を鑑賞してきました。
やっぱり芝居って面白いです。
テレビとはまた違う。
「機械と音楽」。
ロシア構成主義を代表する天才建築家、イワン・レオニドフを主人公として、旧ソ連においてレーニンによる革命に勢を得てトレンドとなった、「ロシア・アヴァンギャルド」が誕生し、隆盛し、スターリンの登場による「社会的リアリズム」に屈服し、(国内で)はかなく散ってゆく様を2時間で描いた劇です。
登場人物は1人の女性を除いては全員実在人物であり、レオニドフの建築の師として、アレクサンドル・ヴェスニンやコンスタンティン・メーリニコフなど有名な建築家も登場しました。
この芝居は見てみたら、ロシア大使館もサポーターとして名を連ねていました。
実際、ロシア構成主義は、単なる建築様式における一過性な流行なんかではなく、旧ソ連内ではスターリンによって消滅させられてしまったものの、亡命アーティストによりヨーロッパにおいて多大な影響を与えたスタイルです。
それを描いた作品、しかも八束はじめ氏も協賛している芝居ですから、それだけに期待が大きかったものと思われます。
私にとっては、かなり楽しんで鑑賞できた作品でした。
正直私の知識不足で、レオニドフが「構成主義の星」と呼ばれたほど、まさに構成主義の中でも若手としてトップの存在であったとは知りませんでした。
それだけに周囲の期待も大きく、構成主義の未来を背負っていくことが期待された。
同時に彼はその個性的な性格により、周りから非難を受けることが少なくなかった。
ロシア構成主義の作品は実際に建ったものは少ないのですが、レオニドフは天才と呼ばれながら、そのすばらしい建築案のうち実現した建築物はなんとたった一つだけ。
時代がどんどん構成主義を締め付けていって、どんどん衰退の一途をたどるわけですが、最後に構成主義の教授陣が次世代?である社会的リアリズムに懐柔されていく姿を見て(レオニドフの主観ですが)、絶望したレオニドフに、メーリニコフがやってきて、言う。
「君はもはや、ただ1人の構成主義者なのだよ、イワン・イリイッチ」
構成主義を絶滅から救うには、スターリニズムを建築に取り込んだ案をアピールするしかない。
しかしそれは構成主義者にとって、敗北と喪失を意味する。
その強烈なジレンマの中でレオニドフは悩み苦しむ。
そして晩年の彼は酒におぼれた生活を送り続けるのです。
ある日酒を買いに出た路地で彼は死を遂げる。
構成主義の星とよばれ、全ての期待を一身に背負った1人の天才の最後は、まことあっけないものでありました。
「僕は図面に線を引くたびに、音楽が聴こえる。
それは僕を、いや僕らを、未来へと導いてくれる調べなんだ」
アヴァンギャルドの名に恥じない作品の数々、そしてあまりに残酷な、あっけない最期。
ロシア構成主義の儚さは、私を常に魅了してくれます。
いつかロシアに渡って、彼の唯一の作品をこの目で見たいと考えてます。
劇場自体は王子にあり、鑑賞後ヤボ用で表参道まで回りました。
人たくさんでした。
そういえば、夜の表参道は初めてだったカナ。
どうにも気になってしかたないのが、駅の地下街にある
「○Vロード」
という名前の喫茶店です。
別にヒワイな店ではなく、ごくごく普通の喫茶店で、まぁまぁ居心地もよいです。
ただ、なんで○V。
他に名前を考えなかったのカナ?
だって、地下街ですれ違う若い人が、
「ちょっとエーブイよってかない?」
「いいねぇ」
とか平気で言ってるんですもの。
そこ略すな。
バイト先の人もそれに染まってて、切ない。
「休憩どこいってたン?」
「んあ?エーブイ」
エーブイで休憩って。
休憩になるかっ
今とさっき、どっちが休憩ですかっ
「あそこ気持ちいいよねぇ」
とか言い出したら末期だとお思い。
最後の頼みと思って、店の看板をよく見たら、ばっちり大文字でした。
そこは、どっちかは小文字にするとかね。
なんかなかったンですか。
どうしてガマンできなかった![]()
まぁ前文字だけ大文字にしたら、なんだか余計凶悪な感じになりますが。
あそこに就職する人は、とくに女性、その名前でまず躊躇したはずです。
バイトもまた然り。
それであすこに履歴書を出す人がすごい。
だってそれ以降、たとえばどこかの面接で、
「ええと、○○さん。履歴書にある、この・・・えー・・・まぁなんだ・・・んーブイ・ロードってのは、一体」
「はい、喫茶店です」
「・・・喫茶店。どういう喫茶店か、ちょっと説明していただけますか。いえ、言いにくいなら結構ですが・・・」
「?いえ、はい、ごく一般にある、普通の喫茶店です。でもオリジナルのスナックメニューや従業員の態度の徹底など、お客様に満足していただける独自のカラーをしっかり出したお店で、だからそこで働いておりました」
「お客様を満足・・・はぁそうですか。そっちのタイプですか。
それで、貴方はお客さんを満足させられましたか?」
副審査員「え・・・ちょっと社長、その質問はさすがにセクハラでは?」ひそり
「はい、それは自身をもってそういえます。
私はそういった、相手に対するご奉仕の大切さを身をもって知り、それを御社で活かしたいと思っております。」
「・・・どうも貴方はわが社の仕事について誤解をされているようですね、今回はご縁がなかったということで・・・」
なんてことにもなりかねませんよ。
まぁ実際はそんなことはないでしょうが。
でもせめて略すのはやめましょう。
色々モラルとかなんとかにからまれますから。
歴史上初、黒人の大統領が誕生したそうです。
皆いってることだとは思いますが、黒人があたりまえに、国の歴代トップのうちの1人となることではじめて、アメリカ合衆国は自由の国と呼べるとは思いますけどね。
黒人は差別用語でしたか。
アフリカ系アメリカ人というんだった気がします。
マ話題性にしても、もはやヒラリーさんが退場した時点で彼に向いていたでしょうし。
初女性vs初黒色人種でしたから、かなり話題性があった気がしますが。
この場合の話題性というのはもちろん、ミーハーレベルの話題性だとは思いますが・・・。
マなんにせよ、いいことだと思います。
初女性とはむしろ、アメリカより日本の総理大臣において抜群の宣伝性を持ってくる気がします。
でももちろん「初」だけが売りじゃぁ、国は立ち行かないですから。
どちらさまにも大いに持ち前の力を発揮してもらいたいものです。
ふぅ。
たった今、ひとッとびアメリカまでいってパ○ス・ヒルトン候補に一票投じて早足で帰ってきたところです。
ひとあし先に祝杯をあげよう。
「貧しさ」に、乾杯!
前いったピーマンを赤く染めた唐辛子、食べてみたらやはり辛さがなかったそうです。
他人を染めると、元々の毒は抜けるんですね。
毒移しだ。
人間はそうはいかないなァ。
移せど移せど、なかなか抜けず。
業界において、永遠とまで思われるほど栄光に包まれた至高の存在だったのが、突如奈落の底に突き落とされることはあっても、ねぇ。
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